ヒナタノオト
作品展に寄せて

力のある作家の仕事。
それを初期から見続け、ずっと仕事としてご一緒出来ることは、
ギャラリー運営者にとっての大きな喜びです。

富井貴志さんの作品展では、その想いをあらためて強く思いました。
個展は終わったのですが、じっくり個展期間に作品に向かい、
23日土曜日正午から3日限定で行うオンラインストアでの準備をしたところで、
2023年12月に感じたことをまとめてみたいと思います。

今展のためにすべての作品を展示したあと、全体を見回して、一番心惹かれたのは、このボウルのシリーズでした。
一見何の変哲もないようなかたち。
これが大きささまざまに幾つもありました。
手に持つと、程よい薄さと軽さ。

何に惹かれるんだろう?
と思ったときに、デッサンのうんとうまい人が描いたラフスケッチのような心地よさなのかもしれない、と思いました。
富井さん、この領域に来ているのだなと。

そして、初日から、このシリーズの器はとてもよくお選びいただきました。
一見フツウの表情のボウル。
価格はそれなりにしています。
けれど、この心地よさが富井さんの器の美しさの一面だと知っている方が多いのだと教わるような想いでした。

富井さんとの出会いは2009年。
第7回「工房からの風」に出展くださった時でした。
上の梅型豆皿は当時から制作されていたもの。
他には、匙や器もありました。
未だ発表を始められたところですから、生活の基本の小物のかたちが多かったのですが、既に独自の美意識を感じるフォルムがありました。
来場者、特にプロの方々からのオファーが目立ったのは、そのsomethingを感じ、見抜いた人が多かったのだと思います。

一気に世界が開かれた感のある富井さんの制作でしたが、数年は深い模索もあったことと思います。
特に、初めて知り合うギャラリーやショップとの関係や相性。
求められるものと求めるものとの格差。
臆せず出会いの扉をたたき、人の声も聴きながら、自分の中の声を逃さない。

そんな中から誕生し、多くの人の心にヒットしたのがこのブレッドバスケットでした。
刳りものも行う富井さんの仕事。
富井さんならではのほどよい厚みや丸み、洗練さと温かさの頃合いの佳さがうまく表れたかたちでした。

エポックメイキングになった作品として、この栗手付きボウルがあります。
栗は富井さんが好んで用いる材のひとつですが、所謂民芸品的な情緒にならず、素朴さ健やかさを生かしながら、新鮮な今の感覚を感じさせる美しいフォルム。
大胆な大きさ。
この作品は、目の効く方たちにも多く響き、大きな展覧会への出品などで、富井さんの仕事を広めていくひとつともなりました。

この器の特徴に手があります。
これは、富井さんの祖父がこしらえた釣りに使う柄付きの編みから着想したもの。
手彫りされた木の柄には純粋に用の美が宿っていて、それを感じ取った富井さんが今のかたちに創りだしたのでした。

このような大きな1点物の制作と共に、日常使いの定番になるような器の制作も深めていきました。
このリム皿はその中でも定番中の定番となったもの。
特に白漆はその色調の美しさから、多くの方々の食卓を彩るものとなっていきました。

もうひとつのエポックメイキングとなった作品に We Are Atoms のシリーズがあります。
木工の道に進む前、物理学の研究者として研鑽を積んでいたひとは、物質表面の原子や分子の配列の美しさに心奪われていました。
雪の結晶やシャボン玉が形成されていく「自己組織化」と呼ばれるものに美を感じていたのでした。
「あるべき姿になっていく自然の美」
その感動を心の中で育みながら、じんわりと木工の仕事の中にその表現を見出していったのでした。
ひとりの人間が感じた美。
それが他者の心にも美しいと伝わっていくこと。
We Are Atoms のシリーズは、富井さん個人の手から離れて、他者の心に響く木工品として熟していきます。

物理学者だったという経歴の特異さと、We Are Atomsのシリーズが印象的なことで富井さんのイメージが形成されがちですが、
それと両輪となって富井さんの制作を進めているベーシックなことがあると感じています。
それは、器が好きなこと。
食べたり呑んだりすることが好きなこと。

食べること、呑むこと、器が好きなこと。
この基本があるからこそ、富井さんの器のファンが多いのだと思います。
実際に使ってみてよさを実感して、ほかの器も使いたくなる。

たとえばこの酒器。
握る手が、触れる唇が、酒呑みの喜びそうな姿です。
工芸品を扱っていて、お酒の好きな人の酒器は選ばれますが、逆に下戸の作る酒器は売れません。
この酒器のよさがわかる人は、きっとお酒がとても好きな人だと思います。
富井さんと同じように。

食の器も同様です。
食べることを積極的に楽しむ人のつくる器は、同様の人の心に響きます。
富井さんの器の愛好者の方々に、食を楽しむ方が多いのは納得なのです。

日々の食卓を共に楽しむ夫人の深雪さんは、今までも漆の仕事を中心に富井さんの仕事を支えてこられました。
最近は、漆で絵を描くことで合作も始められました。
ツタ、スミレ、チドメ草など身近な植物のデッサンや、雪の結晶(立花)が白漆の器に爽やかに息づいています。

個展を終えて、新潟へ戻った富井さん。
待望の雪のシーズンに入りました。
雪山登山、スキーそして、日々の雪の始末。
どれをも果敢に楽しむ経験の中から、あらたな作品も生まれていきます。

ひとりの人間の持つ力。
興味関心を熟成させていくことが、他者の喜びや感動につながっていくこと。
今回の充実の個展を通して、生きること、人生を謳歌することに、とても肯定的な思いもいただきました。

富井貴志さんは文章もとてもよいので、ヒナタノオトでは不定期ですがご寄稿もいただいています。
こちらも、、あらためてぜひお読みください。
→ 地点を変えて

そして、オンラインストアでのご案内も3日限定で行います。
12月23日正午から25日23:59までです。
あらためて作品写真など、ご鑑賞くださいませ。
→ オンラインストア「ソラノノオト」

文 :稲垣早苗
写真:中川碧沙