ヒナタノオト
作品展に寄せて

「猫に真珠」展出展作家有志の方から、猫にまつわるショートストーリーをご寄稿いただきました。

vol.1
にしむらあきこさんからの「くちなしの甘い夜」

 

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実家を出て、今の夫と同棲をはじめたとき、私は26歳だった。
新生活で一番にした共同作業は、猫を探すことだ。
高校生のときから猫を欠かしたことのない私にとって、猫がいない生活は考えられなかった。

やってきた猫は、白猫の雌だった。
その顔は、なんというか・・・・
宇宙人っぽいのだった。
かわいい、と言えなくもないが、決して美人猫ではない。
生まれた時の環境が悪かったせいもあり、ガリガリに痩せ、目やら鼻やら病気がちで、体も弱かった。
おまけに、粗相がひどい猫だった。
それまで過去4匹の猫を経験していたが、こんなに粗相を繰り返す猫は初めてだった。
ふとんを何枚もダメにした。
それでも私は、その小さな白猫がかわいくてかわいくて、執着した。

その白猫に名前をつけたのは彼だった。
新しいふたりの生活に幸せをもたらしてくれる存在でありますように、ということで「うちでのこづち」から「こづち」と名付けた。
いいなまえ、と私も賛成した。

しかし、ほどなくふたりの生活は、たくさんのすれちがいやうらぎりや生活習慣の違いやなんかで、すぐにうまくいかなくなった。
毎日がぎくしゃくした。
実家から出てきたばかりの私には、日々のいろいろがしんどくてつらくて、心ここにあらずな日々が続いた。

ある日の仕事の帰り道、夕暮れ時のスーパーマーケットの前を通りかかった時、目の端にしろいものがうつり、反射的に「あ、こづち」と振り返った。
それはくちなしの花だった。
白いプラステイックの鉢におさまったそれは、1000円しないくらいだったと思う。
私は衝動的に買い求め、抱えて帰った。
薄暗い部屋に彼はまだ帰っておらず、こづちがにゃーと私を出迎えた。

和室にくちなしを置き、なにをする気力もなく、ぼんやりというよりぼうせんとした心もちで、寝転がっていた。
こづちがそろそろとお腹の上にのってきて、ゴロゴロと喉を鳴らしはじめる。
はじめてのことだった。
夕暮れから夜に向かっていく6畳の部屋に、くちなしの強く甘い香りとこづちのゴロゴロという音が満ち、私は目を閉じてそれらに身を任せた。
ときおり遠くからくしゃみが聞こえ、トイレを使う水音が聞こえた。
ジーーと鳴く虫の声。
畳の匂い。
どこかの煮物の匂い。
それらすべてをゴロゴロという猫鳴りと、くちなしの香りがやわらかく包み、満たし、私を整えていくのだった。

あの不思議な時間を、もういちど味わってみたいと思うけれど、あとにもさきにも一度きりの時間だった。
その後「たび」という雄猫を家族に迎えた。
ぎくしゃくしたふたりは、2年後に結婚した。
こづちは8歳の若さでこの世を去り、もうあの宇宙人顔の白猫には会えない。

こづちはその宇宙人然とした顔立ちがあのひとにそっくりすぎるという理由で、私の友人たちには「ハトヤマ」と呼ばれていた。
それはあの「鳩山由紀夫」氏からの「ハトヤマ」であった。