思想工房
作り手との対談

今回の作り手

婦人之友編集部 山下謙介さん × ヒナタノオト 稲垣早苗

婦人之友誌で連載中の「おばあちゃんの食器棚」の編集担当の山下さんと書き手の稲垣とのギャラリートーク。
2022年5月21日土曜日にヒナタノオトで行われたものからまとめました。
「おばあちゃんの食器棚」は、「婦人之友」5月号に「プロローグ」、6月号に「漆のご飯茶碗」が既出。
7月号(6月10日発売予定)に「こぎんのティーコゼ―」が掲載予定です。
https://www.fujinnotomo.co.jp/magazine/fujinnotomo/f202207/

「おばあちゃんの食器棚」に寄せて

2022.06.07

婦人之友5月号(婦人之友社)から連載がはじまった
「おばあちゃんの食器棚(稲垣早苗 文・大野八生 絵)」、

皆様お読みいただけましたでしょうか。
小さな家に残された一つの食器棚の器や布たちが、
自分を作った人、使っていた人のことを語り出す物語です。

5月、「小満のヒナタノオト」にて、
婦人之友編集部 山下謙介さんをお迎えしてお話し会を開きました。
お客様、作家の皆様にお集まりいただき、和やかな時間となりました。
ご予定が合わなかった方もいらっしゃるかと思いますので、当日の様子をレポートします。

山下さんのひとつ目のご質問から、「おばあちゃんの食器棚」の核心に触れるものでした。

−遺されたものたち
山下さん : 第1話の一行目に、まずどきっとしますね。
「春の日、おばあちゃんはしんだ。」
なぜこのようにはじまったのでしょう。

稲垣 : 生きていることと死んでいることはつながっている、と思っています。
同時に、死んでしまったら無になるという独特な想いもあります。
ただ、遺された「もの」には、生きていた人の何かが遺っている。
ある人物が精一杯生きて、姿がなくなった後に遺った「もの」たちを通して、その人の生き様や関わった人の想いが書けたらと思いました。

生きていると使い心地や使い勝手などで「もの」を選んだりもしますが、使い手がいなくなった後で「もの」だけになった時に、「もの」が何を示すのか、存在意味がどのようにあるのかを含めて模索しています。

「おばあちゃんの食器棚」は「伝える」「贈る」「遺す」を大きなテーマとして考えています。
伝え手が伝えたいと思うこと、人が人に贈りたいと思うこと、次の世代に遺していきたい「もの」と関わることを、一話一話重ねていきたいです。

 

−おばあちゃん
山下さん : おばあちゃんの思い出は原体験でもありますよね。
はるさんのモデルはいらっしゃるのですか。

稲垣 : この物語のおばあちゃん、はるさんは、しいていえば私、自分自身でしょうか。
イコールではないですが、自分が年齢を重ねた今だから書ける物語で、はるさんのようにありたいという理想でもあるし、工芸の仕事を30年続けてきて感じた作り手の苦悩も投影していきたいと思っています。

−生活のシーン
山下さん : 物語の中に「お雑煮にひとかけの柚子をのせて…」など暮らしの中の想いが書き込まれていますね。

稲垣 : 私自身も生活者ですし、もともと俳句を詠んでいたり、季節の恵みを生活に取り入れたりしているので、物語にも季節感のあるシーンを描いていきたいと思っています。

山下さん : テーブルで眠ってしまった明希さんがブランケットをかけてもらうシーンも、同じようなことを自分も経験しているので、豊かな時間を感じますし、感謝を持って読めますね。

稲垣 : 生活のシーンは、特定の人だけでなく、今までの色々な人との関わりや色々な人から受けた愛情や想いが自分の中に沈んでいて、文字に出てきています。

−食器棚の語り部たち
山下さん : なぜ食器棚の物語なのでしょうか。

稲垣 : わたしの食器棚は大切なものの宝庫です。
作り手との思い出もあり、道具、工芸品が集まっている象徴として濃密なものです。

食器棚の「もの」が語る構想は、10年前に生まれて書き始めました。
当初は作り手に向けて、ものを作る喜びを伝えたいという思いでしたが、今は、さらに重層的になり、使い手のことも書きたいと思っています。

例えば、塗師のことを書いていても、使っている人にも寄り添っている。
それは「婦人之友」さんでの連載だからこそ芽生えたのだと思います。
読者の方は、暮らしの中で愛してきた「もの」の行方を考える世代ではないでしょうか。

以前はギャラリーオーナーとして、作っている人に向けて書いていた文章に、自分自身がもっと入り込んで、作り手と使い手それぞれが響きあう物語を重ねていきたいと思っています。

山下さん : 作り手の想い、使い手、ギャラリーオーナーの想いをうまく合わせる場面設定になっていますね。

稲垣 : 語り部が「もの」なので物語にできています。
例えば作り手の生々しいことも、距離感が程良く書ける。
30年、「もの」と接する仕事をしてきたからこそできるようになったのかもしれません。

山下さん : 作り手の取材記事や、使っている方の暮らしの訪問記事はあるけれど、物語という形で両方を書かれたものはなかなかないように思います。

−これからの物語
山下さん : 「おばあちゃんの食器棚」は、これからどのような物語になるのでしょうか。

稲垣 : 刺繍のティーコゼーや、木のサラダボウル、鍛金の茶さじ、陶、ガラスなど全部で十個の物語をイメージしています。
エピローグの構想もありますが、一話一話旅するように書きながら辿り着くことになりそうです。

ちょうど第2話の執筆中に、漆作家の平井夫妻に伺った話が膨らみ、その時は、自分が「書きたい」ということを超えて「書かされている」とも思いました。
さらに、書くことで自分も漆の仕事への理解と愛情が深められました。

また、登場人物は一人の作り手ではなく、今まで出会った色々な作り手が重なって、一つの像ができています。

山下さん : 工芸、手仕事の専門書もあるけれど、おばあちゃんの食器棚は作り手と使い手の想いとエッセンスがギュッと詰まっている。
工芸、手仕事に親しんでいただくファーストステップとしておすすめですね。

稲垣 : ディレクションをしている「工房からの風」出展者ミーティングではいつも、「自分の真ん中のこと」をしてください、とお話ししています。

今回、その言葉を自分に言うことになりました。
自分の真ん中は、30年関わり続けている工芸の仕事。
読者の方へ伝わるか毎回ドキドキもしていますが、自分の真ん中を…と、心を落ち着かせながら書いています。

作り手、「もの」と関わって生きてきたことを難しくではなく、柔らかく伝えたい。
それも自分らしさだと思っています。

−「おばあちゃん」と「食器棚」
山下さん : 「おばあちゃんの食器棚」には、今までの経験がぎゅっと詰まっているのですね。
食器棚って何かなと改めて考えると、大切なものの象徴、でしょうか。

稲垣 : そうですね、はるさんの生き様が詰まっているところ。
仕事でもあるし、日々の生活でもありますね。

山下さん : おばあちゃんとは生活文化、生活そのもの。
暮らしの「もの」や生活の中身を、伝えたい、遺したい、という想いが二つの言葉に込められている、良いタイトルだと思います。
これからも期待しています!

山下さん、貴重なお話をありがとうございました。
質問コーナーでは、今後の物語に登場しそうなエピソードも。
おばあちゃんの食器棚最新話は、6月10日発売「婦人之友7月号」で発表です。
物語をはるさんのブランケットのようにあたたかく包む、大野八生さんの絵も楽しみですね。
11月下旬には自由学園明日館講堂での企画展も予定しています。
おばあちゃんの食器棚から飛び出してきたような工芸作品と作り手に出会いに、
ぜひお出かけください。

この記事の最後に、稲垣の著書「手しごとを結ぶ庭」の一節、「よきもの」にも触れたいと思います。

「人もいずれ土に還る。ならば、共に土に還るもので、よきものに出会いたい。
それは永遠に持っては行けないものだけれど、よきものと結ばれた時間の幸福は、
生きている者の心を確かに照らす。」
(「手しごとを結ぶ庭」 稲垣早苗 著 アノニマ・スタジオ「よきもの」より抜粋)

私達は誰もが遺された人であり、いずれ誰もが遺す人となります。
いま目の前にある「よきもの」たちがいつか語り出す時、
「わたしを作った人も、使っていた人も、幸せそうだったわ」と伝えてくれたら。
そう、願います。

まとめ・文 宇佐美智子