思想工房
作り手との対談

今回の作り手

吉田史

装身具創作作家

1974年 京都府生まれ
木と石に興味津々で山に川原に通う幼少期を過ごし、大学では広くデザインを学ぶ
2002年 竹影堂鎚舞氏に師事
2003年 工房スタッフとなる
2011年 独立。神奈川県にて制作を続ける
2014年 工房からの風 craft in action 初出展

全国にて個展、グループ展多数
http://old-to-new.com

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ヒナタノオトでの個展
2016年 ちやほや
2017年 そ そ
2018年 めでたし
2019年 幾星霜
2020年 白紙
2021年 新世界

対談:吉田史さん

2022.07.08

稲垣
吉田史さんの作品展「物語る」のgalleri vindueでの展示が終了いたしました。
お客様と作家との心に残るシーンを重ねたこの展示。
史さんとあらためて振り返ってみたいと思います。

史さんが、ヒナタノオトで個展を展開くださって、今回で7回目になりますね。
いつも、ご自身でタイトルを考えられて、それがとても印象的で。

吉田
はい、第一回目の2016年が「ちやほや」。
それから毎年個展を「そそ」、「めでたし」、「幾星霜」、「白紙」、「新世界」と続いて、今回は「物語る」とさせていただきました。

稲垣
京都で生まれ育った史さんならではの、美しき佳き日本の言の葉、奥ゆかしさのある感覚が込められたタイトルに、毎回はっとさせられてきました。
回を重ねていく中で、史さんの中で個展に向かう気持ちに変化はありましたか?

吉田
毎回、初日を開けるまでには、どなたもいらっしゃらないんじゃないかって、胃が痛くなるような思いがするのは変わらないんですけど(苦笑)
作る気持ちとしては、「作りたいものを作る」「やりたいことをやる」ということが、結局は作り手として誠実なことだと思うので、それは変わらないのですが、3回目の「めでたし」の時から、それを個展で、この場でやることの意味についても考えるようになった気がします。

具体的には、この個展から始まった「めでたしの花束」というシリーズですね。
制作した個々の草花をお客様が選んで、私がブーケのように装身具に束ねるというものなんです。
これは、選んでくださるお客様とのコラボのようなもの。
自分の想いとお客様の想いが重なり、響き合って生まれるもの。
そういうことは展覧会という具体的な場だからこそ叶う!と思うようになりました。

稲垣
2018年に個展を機に始まった、史さんならではの「めでたしの花束」。
4年後の今回、印象的だったのは、以前選ばれた花束に新たな草花モチーフを加えてブーケの束を、より華やかにされた方が何人かいらっしゃったこと。
すでに手にされた作品を愛し、それにまた新たな息吹を注ぎ込もうとしてくださるって、なんて素敵なことだろうと。

吉田
ええ、ほんとうに。
素敵という言葉を超えて、私からは奇跡のような幸せすぎる出来事でした。
ほかにも、親子様でそれぞれに花束を選ばれて、それをお作りする機会に恵まれたりと、
おひとりおひとりのお客様とのやりとりが、どれもご褒美のような忘れがたく、ありがたいストーリーでした。

稲垣
ストーリーといえば、そもそも、史さんは絵本や物語を幼い頃からたくさん読んで心にストーリーを蓄えて来られた方ですね。
その心の泉に蓄えられたストーリーが、彫金や象牙加工の高い技術によって、吉田史という作家からしか生まれえない装身具になっていく。
それもまたストーリーのような気がします。

そして、今回、展示空間の一画に、史さんに愛蔵書を展示いただきました。
これからも、ぜひ、このコーナーを作って、さりげなくお客様にもご覧いただけるといいですね。
ヒナタノオトには、椅子がいくつもありますので、腰かけていただきながら。


(史さんが並べていらしたご本を開くと、お父様からの愛あるサインが!)

吉田
ストーリーにつながっていきますが、うんうん、唸って(笑)今回のタイトルは「物語る」に決めました。

そのきっかけのひとつが、ケリー・リンクというアメリカの作家の、「雪の女王と旅して」というお話からなんです。
雪の女王に連れ去られた男の子を女の子が探すお話で、女の子は裸足で探しまわったので足が傷だらけになってしまいます。
男の子は見つかるのですがどうしようもない感じで、ハッピーエンドではないのですが、その女の子の傷について、
『その傷跡を見れば、旅の輪郭が見えます。
ときに傷跡はひとつの物語を語りいつかあなたが愛する人にその物語を話して聞かせるかもしれません。
あなたの足の裏は物語です』

という文章で終わっていて、とても印象的でずっと心に残っていたんです。

今回の個展では、金属と象牙の他に、今まで蒐集してきた石を使いたいと思っていたんですね。
特に、デンドライトと呼ばれる樹枝状結晶が好きなのですが、中でも、少しだけ樹枝状結晶が入ったまるで傷のある石のように見えるものを好んで集めていて、シリーズで作れるくらいになりました。

傷というと言葉がよくないかもしれませんが、樹枝状結晶には、本当に心惹かれます。
傷のあるりんごは甘くなる、じゃありませんが、傷付いたことのない人なんていなくて、抱えて含めて人も優しく強くなっていきます。
石に内包された結晶も望んでいない異物を抱き込んだもので、不思議ですがそれがあるがゆえの美しさを感じるのです。

その石が抱いた物語と「雪の女王と旅して」の女の子の傷にまつわる物語が結びついて、
石から、傷から、作品から、物語る様子が伝わる作品展になればいいなと思ったんです。

稲垣
「傷を抱えて含めて、人も優しく強くなっていく」
史さんらしい受け止め方ですね。
樹枝状結晶にもそれを感じ取られて・・・。
なんて繊細な感受性なんでしょう。

・・・では、具体的に作品を通してお話しくださいますか。
たとえば、こちらの「勲章になる」。
装身具としては、ユニークなタイトルですね。

吉田
ええ、そうかもしれませんね。
先ほどの女の子の足の裏の傷のお話しと響かせて「傷も自分の中で勲章とする」という想いをこめて制作しました。

稲垣
なるほど。
完成された作品の美しさからは「傷」という印象はまったくありませんが、
史さんの「傷も自分の中で勲章とする」という想いがなんとも深いですね。
前向きな、主体的な、励まされるような。
凛として、深く穏やかな表情が装身具という形になって、これもまた人の手を介した結晶ですね。

史さんは、大学では美術全般を広やかに学び、その後京都で彫金作家のもとで修業されて独立をなさった方ですので、技術もとてもしっかりとお持ちで、豊かな感受性を自らの手で表現していくこのお仕事がとてもぴったりだといつも思っています。
作りたいものが自らの心の泉にこんこんと湧いていて、それを自らの手で創り出す。
作家のひとつのあるべき姿から生まれる装身具だからこそ、その唯一無二な作品に惹かれる方がじんわり確かに増えてくのだと思います。

吉田
いえいえ、私の技術なんてまだまだです。
師匠の作品などに触れると、道は遠いなぁと思います。
それでも、こうしてお選びいただける機会があるたび、「まだ作っていていいんだ、もっと作っていていいんだ」と、本当に励まされる思いでいます。

稲垣
個展を重ねるごとに新たな取り組みをされて、そこから定番になっていくような作品が増え重なっていく。
新作も定番となった作品も、同じように鮮度をもって、それぞれ求められる方のお手元に渡っていく。

作家としてすばらしい制作を重ねていらっしゃる吉田史さん。
この重層的な作品群が、アシスタントも持たず、すべてひとりの手から生まれてくることに驚きますが、作り手の心に灯った物語が、使い手の方のもとで新たな物語を紡ぎ出していく。
その素晴らしい物語のリレーが、これからも続くことを願っていますし、
そのような舞台のひとつとしてもっとよい場を作っていこうという気持ちでいます。

吉田
いきなりの猛暑になったにもかかわらず、連日会場にお越しくださった方々には、この場からもお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
とても励まされ、夢のような日々でした。
ご遠方や、ご事情で会場でご覧いただけなかった方には、ソラノノオトの方でご覧いただける機会を作っていただきましたので、
少しでも作品を感じていただければと思います。

稲垣
史さん、ありがとうございました。
そして、ほんとうにお疲れさまでした。
秋まで、ご注文の制作も続きますが、どうぞお身体ご自愛ください。
そして、また、新しい物語を紡ぎ、いずれかたちとして見せてください。

ヒナタノオトオンラインストア「ソラノノオト」では、7月9日土曜日正午より、吉田史さんの作品販売をさせていただきます。
ぜひご覧くださいませ。
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