裏庭に咲いた話 2

大野 八生

お風呂屋へようこそ

2022.07.15

庭の仕事のない日には、家で絵の仕事をしています。
そして、実はもうひとつの仕事をしています。
お風呂屋の番台です。

鉢植えの木々に囲まれたその入り口は、緑に包まれて、いつも心地よい風が吹いています。
毎日の日課は、早朝の風呂掃除から始まります。
とにかくお客様たちは、朝が早い。
いつ、どこから来るかもわからず、名前も知らない。

食べ物は出さない、ただお風呂にはいっていただくだけのシンプルな場所。
ベランダの植物たちに水をあげ終わると、どこからともなく、お客様の歌が聞こえてきます。
「ピッピッ♪キーキー♪ピロピロ♪」
早く番台に戻ってと言わんばかりに、歌声が聞こえてきます。
そうです、私の小さなベランダは、小鳥たちのお風呂屋なのです。

ベランダの鉢植え同士の間、その乾燥防止のために、鉢皿に水を入れて置いたことが、そもそもの始まりです。
水が汚れていては、蚊が発生したり、水が腐ったりするので、毎日鉢皿をきれいに洗い、新鮮な水をたくさん入れておくようになりました。
そして、いつからか、その鉢皿が彼らのお風呂屋に。
もちろん水を飲んだりもしますが、のどを潤した後は、必ずお風呂に入ります。
お風呂といっても水浴びのことです。

集合住宅なので、ひっそりと開業しています。
見慣れた小さな野鳥たちばかりですが、約13種類が行き来しています。
喧嘩することもなく、大きさの違うもの同士が鉢合わせになっても、来たもの順です。
水浴びが終わるまで、少し離れた場所で自分の番が来るのを待っています。
鉢植えの植物がたくさんあるので、小さな虫なども多く、お礼に虫を食べて行ってくれます。
そして植木鉢の足元には小さな実生の芽がたくさんです。

お風呂屋としては、食事は出さないのですが、各自食べ物を探してベランダを散策しています。
お客様たちは、群れでたくさん来ることはなく、おひとり、又は多くても2、3羽で来てくれます。
これは、知る人ぞ知るお風呂屋なのです。
きっと。

ワサワサと緑の多いベランダは、止まれる鉢植えの小枝も多く、カラスなどの大きな鳥からは見えない安全な場所でした。
インターネットや本で情報を調べることもない小さな生き物の世界。
口コミで、噂で、ここのお風呂屋のことを聞いてきたのでしょうか。
あるいは、人よりもさらに上のテレパシーからかもしれません。

バシャバシャと水に入り、バタバタと翼を広げて何度も何度もお風呂に入り、
羽が濡れて真っ黒になって、なんの種類かわからなくなるまで楽しむお客様もいます。
私から見れば小さなベランダですが、彼らの中では、きっと人気の場所なのかもしれない。
この世界の中で、このお風呂屋を選んで来てくれている、と思うと、なんだかとても嬉しくなります。

小鳥たちのベストオブ風呂屋に選ばれているのかな?
もっとサービスを向上させた方がよいのかな?
などど、我が家の小鳥を肩にのせて、家の中から野鳥たちの時間を眺めている暇そうな自分を想像してちょっといいなと思うのです。
快適なお風呂を楽しんでもらえるように、又植物たちを元気に育て、素敵な環境を整えて、お客様たちのために。


Writer

  • 大野 八生
  • 大野八生(おおの やよい)
    千葉県生まれ。園芸の好きな祖父のもと、子どもの頃から園芸に親しむ。
    造園会社などの仕事を経てフリーに。
    現在、画家・造園家として活動。
    絵本に『にわのともだち』『じょうろさん』(偕成社)『盆栽えほん』
    『ハーブをたのしむ絵本』(あすなろ書房)、『みんなの園芸店』(福音館書店).

    ほかに、多数の装画の仕事と、日高敏隆氏の著書や、小学校国語教科書の表紙画(光村図書)などを手掛ける。
    庭師として、「ニッケ鎮守の杜」の手入れなどに携わる。

    +++

    植物と暮らしていると、時々、たからもののようなものをもらうことがあります。
    ささやかな小さな声を聞き逃さないように。
    小さなしあわせを綴っていけたらいいなと思います。
    どうぞお楽しみに。

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