Editor's voice

稲垣 早苗

手向けの花束

2020.03.05

言の葉の「葉」のコンテンツ。
今回は、大野八生さんから、ご寄稿いただきました。

八生さんの初期の本に「夏のクリスマスローズ」というものがあります。
ガーデニング雑誌「BISES」(ビズ)に連載されていた「裏庭に咲いた話」を一冊にまとめられた本。
ダイナミックでどこか大人っぽい絵と、淡々とした短い物語のような文で構成されています。
この美しい本のアートディレクションは、長友啓典さん。
八生さんがイラストレーターの卵の時代からお世話になられた方だそうです。

その後、幾つもの著作や挿画をされた八生さんですが、いつかこの「夏のクリスマスローズ」のような本を書いて(描いて)ほしいなぁと思っていました。
今回、「葉」の連載依頼の際に、そんなことをモジョモジョっと言いながら、オソルオソル八生さんにお願いをしました。
お忙しい日々であることと、文章を書かれるのは、ちょっと遠慮されることもあるので、私としてはかなりキンチョウ!してお願いをしたのです。

ところが、八生さん、拍子抜けするくらい「いいですよ」と。
ああ、よかった。
でも、モジョモジョっと言った私の希望はうまく伝わったかしら?
その点は、少し心許なかったのでした。

   

9年前、創業の地(ってオオゲサですが)日本橋浜町での最後の展覧会は、大野八生さんの絵画展でした。
当時の什器、白い戸などには、直に絵を描いてくださったりもしました。

絵画のギャラリーではなく、青山とか銀座でもない場所での絵の展覧会。
私たちはうれしいばかりでしたが、八生さんにとってはどうだったのか。
その答えを、後日、こんな風に八生さんが伝えてくれました。
「忙しい中、ボスが見にきてくれて、とってもうれしかった。
『ほんとうにいい展覧会だったね。あのギャラリーでやってよかったね』
って言ってくれて」と。

 

これがもう9年も前のことになります。

 

今回、初回掲載の原稿を初めて読ませていただいたとき、目頭が熱くなってしまいました。

『夏のクリスマスローズ』は、ボスの事務所で作って下さった本。
いつかあの話のつづきをどこかでできたらいいな。
ずっと思っていた。

いつか、は、今になりそうです。
ボスにこのことを話したいな。
天国につながる電話ってあったらいいな、庭のどこかにあるかも。
もう、どこにもいないということは、いつでも近くにいて見てくれているということ。

「いいですよ」と言ってくださったとき、
『いつか、が、今だ』と思ってくださったのでしょうか。
巡り合わせの不思議。

巡り合わせといえば、文中のボスこと長友啓典さんのお命日が昨日だったとのこと。
「裏庭に咲いた話2」の始まりは、手向けの花束となって、天国に届いたのではないでしょうか。

大野八生さんの「ひと枝のローズマリー」はこちらです。

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Writer

  • 稲垣 早苗
  • オウンドメディア「手しごとを結ぶ庭」を企画編集しています。
    「葉」のコンテンツは、「言の葉」の「葉」。
    工藝作家やアーティストの方で、私がぜひ文章を書いてほしいと願った方にご寄稿いただきました。

    わりとはっきりとテーマをお伝えした方、あまり決め込まずに自由にしてほしいとお伝えした方、、、いろいろですが、私なりに「編集」に取り組んでいきたいと思います。

    ひとつひとつの「葉」が茂り、重なっていったとき、どんな樹形が見られるでしょうか。
    今、答えを持っていないことが、ひとしおうれしく感じられます。

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