連載
作り手による文章の世界
kegoya-goyomi
熊谷 茜水分が見える人
2020.04.15山形にきた24歳の頃、山に住むおばあちゃんの家の縁側でお昼寝を勧められながら、
「今頃はくるみの木が水吸ったから皮むけるべな。スゲはまだ青いから刈るに早いな。」
など、森のあらゆる植物の水分の状態の話を聞いていた。
まるで水分が目に見える人たちだった。
目に見えるようになるくらい、何度も季節を通して作業をし、実感してきたのがわかった。
そういうことを教わって、わたしは、小学生の頃を思い出す。
東京の団地で育ったけれど、川と土手のおかげで、広い空があった。
段ボール持参で、土手を滑り遊んだ。
水路にはざりがにがいて、夕暮れにはこうもりが飛んだ。
飛行船がゆっくり空を横切るのを見ていた。
ある日、自由に発達して流れる雲に、なぜか真剣にお願いしたことがある。
雲に、というか、水分に。
自由自在に形を変え、人々を潤し、大地を潤し、雲となり雨となる水分は、ここからどこかへ行き、また何十年後かにどこかで私の体を通るかもしれないし、今日たまたま見たのが最後なのかもしれない。
刻一刻と形を変える目の前の雲との出会いは、すごい一瞬のことのように感じられた。
「雲さん、ありがとうね。これからもよろしくね。またどこかで会おうね。」
まだ覚えているということは、それくらい惹かれていたんだと思う。
かごも材料採集から完成まで、水分の差し引きの過程が多い。
まず梅雨にしかむけないくるみの樹皮。その年の梅雨前線の具合をその時期は気にしている。
あけびのつるも、寒くなってきて水分が抜けて締まってきたら採取する。
まだ寒くならないうちにとると、中身の詰まっていない草のようなつるで、かごに編んでもしぼんで隙ができてしまう。
採集した後も、保存できるように乾燥の工程があり、また編む前日には桶たっぷりの水に浸して生きていた頃のような細胞に戻すかのように柔らかくする。
編んでいる途中も霧吹きで湿らせ、編んだら編んだでまたかごの形を保持させるために乾燥させる。
制作過程でよれやすい布ものと違い、水分のあるときは柔らかく編むことができて、乾燥すると硬くなり自立する。
この草木の自在な性質が、布制作は素人の域から出ない私には合っていて、水分に助けられていると感じている。
水分様さまだなーと思うとき、あの頃の雲へのお願いが通じたのかなと、ときどき思ったりもする。
(撮影 吉田真理)
(撮影 吉田真理)
昨年の夏、4年に1度ポーランドで行われる世界かご大会にご縁を頂いて、編み手として参加した。
主催者や審査員の方々は博物館の館長や工芸大学の学長などかごに造詣の深い方々なのに、皆でかご細工の帽子や杖を身につけていて、赤いマントを羽織り、かご魔法学校のようにワクワクさせてくれる大会だった。
自国から持ってきた材料を使って、2日間でひとつのかごを編むという実演部門で、くるみのかごを編んだ。
実演中、くるみの樹皮に世界中の人から「これは何だ?」と質問が相次いだ。
(撮影 吉田真理)
こちらこそ疑問が湧いてくる。
くるみは実を食べるくらいみんな知っているのに、樹皮でかごを編まないの?
大陸性の乾燥した気候には、梅雨がないし、もしかしたらヨーロッパではくるみの樹皮はむけないのかな?
スペインのバスク地方のおばあさんの編むかごは栗のへぎ材を使っている。
逆に日本の栗はへぐことができるのか?
学名から調べないと同じ栗かどうかも分からないけれど、いつか採集する時期に現地に手伝いに行ってみたい。
今、山の傍に住んでかごを編む人はどこの国も高齢な方ばかりになっている、という話も大会中に耳にした。
輸出入できるほど大量生産されるかごは栽培が比較的容易な材料を使っている。
大量生産といっても、人が編んでいるのは変わりないけれど。
山の傍に住んで山の材料で作られたかごはワイルドで、存在感がある。
わたしのかごもそうありたいけれど、今はどこの国でもその類のかごはあと何年かで作られなくなるだろうという話も聞いた。
ヨーロッパのくるみの木の水分量。
日本の栗の木の水分量。
もっと色々疑問は出てくるだろうけど、そこに暮らす、水分が目に見える人に出会いたい。
もしつながったら、山の傍で編む仕事をはじめたい誰かの幸せにつながるかもしれない。
きっとあの水分がときどき私のそばを巡るのだ。
世界中に通じているあの雲が投げかけてくれた疑問じゃないか。
かご魔法学校のおとぎ話のようだけど、その方が楽しいからそう思おう。
(撮影 吉田真理)
Writer
- 熊谷 茜
-
1979年東京都生まれ。
東京農業大学農学部卒。
2004年山形県飯豊・小国地方に移住。
土地に 根ざす「かご細工」と出会う。
炭焼きなどを生業とする夫と子ども二人で小国に暮らす。
2016年古い木小屋を改装し たアトリエを設ける。
kegoyaとは木小屋のこと。
この地域の方言で納屋・作業小屋のことをいう。
移住した20代の頃に出会ったおじいちゃん、おばあちゃんたちの「木小屋」に感動し、憧れ、心の拠り所としてきたものを屋号として活動している。
+++
2009年の工房からの風で茜さんと出会いました。
まだ結婚されたばかりで、かご編みをどのように仕事としてよいか模索する中、「なぜ、かごを編むのか」その核心にはゆるぎなく、ものづくりの錨が、心の海にしっかり下ろされているのを感じました。
そして茜さんの編むかごの魅力!
愛らしさと野性味!日本的な美と西洋的な美、いにしえもモダンも垣根を超えた茜さんならではの美が、独特のさじ加減で現れている。そのことに目を瞠りました。
その後、女の子、男の子に恵まれ、逞しく頼もしい夫君との4人家族で、雪国での暮らしの中で、かご編みを続ける茜さん。
「生きている」
その手ごたえある茜さんの人生の、大切なかけがえのないひとひら、ひとひら。
そのひとひらずつを、春夏秋冬を通して綴ってほしい。
そう願って、この連載をお願いしました。(稲垣早苗) - もっと読む
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