連載
作り手による文章の世界
兆しに立つ
クロヌマ タカトシ写真家への手紙
2021.06.10アトリエの紫陽花が今年も青く色付きました。
田には水が入り空の白を写しています。
水無月ですね。
梅雨の纏わりつく湿気は得意ではないですが
風景の中に水気を含んだ透明な青を感じるこの時期の空気は割と好きです。
でも思ったけれど大輔君はいつもこの空気を写真に写しているような気がします。
いや、というよりは大輔君の写真がいつもこの空気を纏っているような。
部屋に飾らせてもらっているあの焚火の写真も
火を写しているのに水を感じるようなところがあって
それは海岸で撮った写真だからなのか夕暮れだからなのか分かりませんが
透明な青の画面の中にオレンジの残り火が点々と光って
相容れないはずの火と水が同居している様なところが何だか神秘的で
まるで天地創造を思わせてくれる所が僕はとても気に入っています。
世界の始まりはきっとこんな感じかもしれない。
そんなことを想像させてくれる写真です。
そもそも光を集めて、現像液に浸して画を写し出す大輔君の仕事は
火と水で成り立っているのだなと今思いました。
印画紙に焼き付けるって言い方をするけれど
あれは何で「焼く」なんだろう?
写真を現像する作業って大袈裟かもしれないけれど創世記に似ていて
最初に暗闇(暗室)を作り出してそこに「光あれ」って唱えると
水の中から植物や鳥や獣や人の像が浮かび上がってくる。
実際には化学変化だと思うけど、この事って天地創造のお話そのままで
漆黒から光と水を通して像が浮かび上がってくる瞬間って
神秘的なんだろうなと想像しています。
そういえば美術家の篠田桃紅さんも自分の仕事は火と水で成り立っていると
ご自身のエッセイに書いてありました。
火を焚くことで生まれる煙から墨が作られ
水と出会うことで書が生まれる。
確かそのような内容だったと記憶しています。
もっと素敵な言葉で綴られていて、桃紅さんの鋭敏な視点を感じる文章なので
きっと大輔君も好きだと思います。
今度その本を送りますね。
ところで7月の展示会へ向けて制作は進んでいますか?
僕は前回の個展が終わってしばらく腑抜けになっていて
福岡さんを見倣って「何もすることがない」状態を実践しています。
まずは庭の草むしりから始めてみましたがこれが中々難しい。
雨上がりの土は柔らかくて、ついつい次々に引っこ抜きたくなってしまうのですが
どれを残してどれを抜くべきか、よく考えなければいけません。
今はドクダミがどんどん増えてしまって
後から植えたロシアンオリーブや月桂樹の周りを占拠し始めたので
本当はこれを抜かなければいけない。
けれどこのドクダミは夜に見ると白い花が闇に浮かび上がりとても綺麗で
僕はそれを見ると中々手が出せないまま立ち尽くしてしまうのです。
むしるべきかむしらないべきか。
削るべきか削らないべきか。
作るべきか作らないべきか。
結局いつも悩みは同じようです。
ささっと見極めて、格好いい草むしりをしたいものです。
先月一緒に行った高垣さんの展示会。
あの衝撃を受けた日から僕の携帯の待受画面は高垣さんの作品になりました。
あの日の気持ちを忘れないためにも。
追いつける気は全くしませんが少しでも近づきたくて
毎日何かしら描くか作るか、手を動かすように心掛けています。
やっぱり人間を作ることは一生を懸けた課題のようです。
人間を作るときにモデルがいた方がいいのか、いない方がいいのか。
技術的な訓練を怠ってきた僕は最近そんな事を考えます。
ジャコメッティはモデルがいたことであの極度の追求が行われたけれど
保武さんは自身の中の理想的な美を追い求めたことで
あの静謐な緊張感のある空気を纏わせることが出来たのだと思います。
もちろんそれまでに蓄積された基盤があってのことですが。
玲さんは鏡に自分自身を写して自画像を描き続けたし
高垣さんは自身の心象に形を与えて人間化しようと探究された。
人間を作る上でどちらが良いかはわからないけれど
何か確実に存在している人(モデル)が欲しいなと思いました。
一番身近なモデルは誰かと言えば僕自身になるので
それならまずは自画像から始めてみよう。
自画像を描くための鏡が欲しいなと思っていた矢先
素敵なアンティークの鏡に出会いました。
1930年代頃にデンマークで使われていた鏡です。
前回個展を開催したMICHIO OKAMOTO WAREHOUSEの岡本さんが
選んでくれたもので、丁寧にメンテナンスをして磨いてくれました。
この鏡で自画像を描く訓練を今しています。
美容室で髪を切ってもらう時にも目を逸らしてしまう程に
自分の顔を見るのが嫌いですが、制作の為なら仕方ないと
恐る恐る鏡を覗き込んで絵を描いています。
まだまだ先は長い道のりですが、何か一歩を踏み出せた気がしています。
取り留めのないことをつらつらと書いてしまいましたが
最後まで読んでくれてありがとう。
お互いここからまた次の展示会へ向けて頑張りましょう。
大輔君の制作が良い方向へ向かうことを願っています。
どうかくれぐれも身体には気をつけて。
それではまた。
クロヌマタカトシ
Writer
- クロヌマ タカトシ
-
1985年 神奈川県に生まれる
2008年 建築の仕事に携わる
2010年 独学で木彫を始める
2017年 厚木にアトリエを構える
現在、国内外で展示会を開催中 - もっと読む
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