kegoya-goyomi

熊谷 茜

架空の店

2021.06.24

ひとつ、またひとつかごを作る。
気づけば1週間、ひと月と過ぎていて、カレンダーをめくると、取りこぼした季節の仕事にも後ろ髪をひかれる。

藍染めをする人と、ほうきを作る人からそれぞれの種をもらった。
ほうきを作る人が高齢になったことと感染症の広がる世の中でほうきもろこしの種を蒔くのをやめたと聞いた。
4年前にその人から譲ってもらっていたという種が、他の人の手を通してやってきた。

毎週、私たちは季節の中をくぐっていく。
そこで湿り気や温度や風の具合に適した命のスイッチが入るところで土をツンツンとつつき、種を蒔く。
夫がほとんどの農作業をしていて、川から田へ動脈をひくように水路を掘り、いもを蒔き、田植えをして、わらびを採って、私はウメを漬けたり、かごの材料となる枝の皮をむく。

その間にコブシ、水仙、桜、タニウツギ、藤、オオハナウド、バラ、と森や庭の花に癒され飾りながら、
「この花は雪折れにも耐えたなあ。もっと増やそう。あぁ、あの花は絶えちゃった。何かを植えよう」
と思い描く。

毎年生えてくれる宿根草を、毎年お試しに少しずつ植える。
雨と、抜いた雑草を敷いたなんちゃって緑肥しか与えられない庭でもたくましく育つ草花だけになるけど、年々大きくなる株は相棒を得たようで誇らしい。

人もそうなのかな。
無理してもいけない。
そこが楽しく気持ちよかったら根を張ることができる。

少し日当たりと風通しのいいところに植えたら育ったかもしれないのなら、場所を変えられることは人のいいところ。
場所は変えられないけれど、そこでひたむきに咲くのは植物の凛として好きなところ。

季節をくぐる実験は、庭の植物たちとともに、ひとつずつ増えていく。
藍染めも、水色の服が好きだから、発酵をしないでできる生葉染めでやってみよう。
ほうき作りも、毎年作るあの人に教わろう。

はじめてのことはなるべくハードルを低くして、とにかくやってみる。
「その週が忙しかったらまた来年」
くらいの気持ちで。その方が、「来年まで待てないから何とかやりくり!」という自分のやる気に火をつけるのも知っているから。
ひとつずつの実験が、ムラはあるけど水色のワンピースとなり、不格好でもほうきとなり、ひとつずつ形となり家の中で増えていくことが、静かだけれど生き物に囲まれて生きているような気分になる。

細胞レベルで楽しいこと、気持ちいいことしか続かないのかな。
続かなくっても、少し忙しかっただけ。
雨や日照がちょうどよくなくて枯れちゃっただけ、と思おう。
でも、やり方は分かったから、数年後にまたやれるから、休眠させておくような。

4年越しで命のスイッチをONにされた小さなほうきの苗は、トラクターで土だけにされた畑に、昼間は直射日光で砂漠のように焼ける土に植えられたのに、夕方の水やり時にはひょろひょろと立っている。
家から離れた畑なので、ポリタンクいっぱいにして水を運び、じょうろに数回継ぎ足して水やりする、ちょっとした労働だけど。。。
きっと私は細胞レベルでうれしい。

週末の雨マークで、たった3日間の水やりは終わり。
小さな命の強さを感じながら、昔からほうきもろこしの種を植えてほうきを作ってきた人と同じものを見て、同じうれしさを感じている気がする。
小さな苗が小さな水滴を使って根を張るこの営みを見つめるこの数秒、私にもナノレベルでうれしさが沁みている。

この半径十数キロの中にどれだけの命のエッセンスがあるだろう。

キハダは黄色いワンピースに。
柿渋は茶色く丈夫な作業服に。
クロモジは香りのよいお茶に。
ヤマナシはシロップ漬けにして子どもたちの大好きなジュースに。

私が寝泊まりする家の周りには、この小さな生活を埋め尽くして暮らすのに十分な架空の店のような森が今日も静かにエッセンスを生産している。
人が手を入れれば、与えてくれる店。
森の方向を一緒に見て手を入れる仲間がゆっくりと増えるといいなぁと思う。

そういった命の饗宴のような季節をくぐって、ときどき来た人ともうれしさを分け合いながら、作りたい。
静かな生き物のようなかごを。

写真:渋谷和江


Writer

  • 熊谷 茜
  • 1979年東京都生まれ。
    東京農業大学農学部卒。
    2004年山形県飯豊・小国地方に移住。
    土地に 根ざす「かご細工」と出会う。
    炭焼きなどを生業とする夫と子ども二人で小国に暮らす。
    2016年古い木小屋を改装し たアトリエを設ける。
      
    kegoyaとは木小屋のこと。
    この地域の方言で納屋・作業小屋のことをいう。
    移住した20代の頃に出会ったおじいちゃん、おばあちゃんたちの「木小屋」に感動し、憧れ、心の拠り所としてきたものを屋号として活動している。
     
    +++
     
    2009年の工房からの風で茜さんと出会いました。
    まだ結婚されたばかりで、かご編みをどのように仕事としてよいか模索する中、「なぜ、かごを編むのか」その核心にはゆるぎなく、ものづくりの錨が、心の海にしっかり下ろされているのを感じました。
     
    そして茜さんの編むかごの魅力!
    愛らしさと野性味!日本的な美と西洋的な美、いにしえもモダンも垣根を超えた茜さんならではの美が、独特のさじ加減で現れている。そのことに目を瞠りました。
     
    その後、女の子、男の子に恵まれ、逞しく頼もしい夫君との4人家族で、雪国での暮らしの中で、かご編みを続ける茜さん。
     
    「生きている」
    その手ごたえある茜さんの人生の、大切なかけがえのないひとひら、ひとひら。
    そのひとひらずつを、春夏秋冬を通して綴ってほしい。
    そう願って、この連載をお願いしました。(稲垣早苗)

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