kegoya-goyomi

熊谷 茜

かごという果実

2022.07.14

5月下旬にフランスのかごフェスティバルにワークショップ講師として招かれた。
6月上旬に帰国してからは、初めての英語での請求書作りや、
あちらから送った荷物の荷ほどきなど、まだまだ余韻を引きずっていた。
6月後半にはいつものようにかごの材料のくるみの樹皮採取がはじまる。

タチアオイが蕾を付けながらそびえたってくる頃に梅雨が始まり、
くるみの若い枝を伐り樹皮をむく。
タチアオイの南国のような花がてっぺんまで咲くと、梅雨も終わりの合図。
くるみの木も暑い太陽に照らされて水揚げを休むのか、樹皮はむいてもひびが入り、採取時期は終わる。

この頃、樹上に冠のようにピンクの花を咲かせるネムノキも、
東北の夏を少し楽園ムードにしてくれる。
今年は猛暑で少し早い気がするけれど、
7月12日に木小屋のネムノキが初めて花を付けて咲いてくれた。

私の中でも季節の大仕事がひと段落着いた頃だからか、
毎年夏を告げるネムノキの花を道路脇で見かけると、
ピンクのぽつぽつ、ふわふわとした花束を見ているようで、心が躍った。

ネムノキが好きで、小さな苗木を植えたこともあったけど、枯らせてしまったこともある。
そうこうしているうちに、木小屋の庭を散歩していたら見かけた、小さな羽根状の葉っぱ。
雑草として抜いてはいけない存在感を感じたのと同時に、
ネムノキなのかな?種が飛んできたのかな?という期待のまま目印を挿した。

庭は植えるだけではなく、雑草を自分の手で抜くのもデザイン。
あとは風通しと日当たりのよくなった所に大きく移動してくる植物たちに任せる。

2年もすると羽根状の葉っぱのあの子は草ではなく、細いなりに丈夫な樹皮をまとい、やっぱりネムノキだ、と確信。

それから3年目でわたしの背丈を追い越し、4年目のきのう、木小屋にネムノキのピンクの花が咲いた。
枝を傘のように横に広げるので、あと1~2年して高くなったら、テーブルと椅子を置くのにちょうどいい木陰を作ってくれそうだ。
ちょうどここでイベントをしたときに座席を作って、汗をかきながら一生懸命タープを張っていたことを、ネムノキが草陰から見ていたのかも。

わたしたちは、青い服を着たり、赤い服を着たり、好きな服を着られるけど、ネムノキの持つ絵具はピンクだけだ。
夏しか咲かないし、動けない条件の中でせいいっぱい自分を咲かせている。
東北でネムノキ好きになっていた私に抜かれずに、木陰を作るよう期待されて大きくなった!
植物側から思考する妄想は楽しい。

かごという物も、古代から、人の心を動かして今まで存在していた。

自然の持つ草や木の肌は、そのまま自然物の風合いを出しているし、人の手で編まれたものは知恵の結晶であり、安定した表情をしている。
虫や風を媒介して実を結んだ果実のように、かごは人の手を媒介して実った成果物と思ってみよう。

かごの編み手はそこに本能的に惹かれた人たちだと思う。
蜂や蝶のように、あらがえない自然の美しさに引き寄せられて、採取の季節を知り、美しい形を作る。

そこで暮らしを作り出した人は、自分たちにとってもその植物を絶やしてはいけない。
種の法則を見つけて、その範囲内で暮らす知恵と美しさを地域ごとに世代ごとに見つけ、繋げていく。
植物にとっても、魅力をかごという形に実を結ぶ、働き手であり媒介者でありたい。

そう思うと、フランスで出会ったかご職人たちも、同じ香りに引き寄せられた仲間のようだ。

話す言葉も、見てきた世界も違うけれど、植物を通した会話やかごを作る生活を誇りに思うことについては、つたない英語でも、3日間かけて同じものを編むことで共感できた。

子ども達のおもちゃとして、魚や鳥を編むワークショップもあった。
わたしたちには少しの道具しか必要ない。
なんでもかごで作ろうとする少しのユーモアを持ち合わせれば。

ワインに魅せられたぶどう畑の農家も、ぶどうという植物から見たら人媒介だ。
ぶどうという種を細く長く未来へ渡すために働き、恵みを享受する。

このつるや枝で編む橋のような道は、大きくは編めない。
自分の数歩先を歩く分しか、自然からの採取はできない。材料の供給のある季節を飛び越えることも、休むこともできない。
ときどき、延々と繰り返される道に見えるときもある。

でも、自然のマジックはおもしろい。
たまに大きく横道を繋げてくれる。
まるで植物同士が国を超えて大きく風媒してこいと、飛ばしてくれたかのように。
実は遠くへの近道だったりするひとつの道は、誰にでもあるんじゃないかな。
わたしは少しずつ縦横無尽に繋がったかごの世界を、蜂のように行き来していたい。


Writer

  • 熊谷 茜
  • 1979年東京都生まれ。
    東京農業大学農学部卒。
    2004年山形県飯豊・小国地方に移住。
    土地に 根ざす「かご細工」と出会う。
    炭焼きなどを生業とする夫と子ども二人で小国に暮らす。
    2016年古い木小屋を改装し たアトリエを設ける。
      
    kegoyaとは木小屋のこと。
    この地域の方言で納屋・作業小屋のことをいう。
    移住した20代の頃に出会ったおじいちゃん、おばあちゃんたちの「木小屋」に感動し、憧れ、心の拠り所としてきたものを屋号として活動している。
     
    +++
     
    2009年の工房からの風で茜さんと出会いました。
    まだ結婚されたばかりで、かご編みをどのように仕事としてよいか模索する中、「なぜ、かごを編むのか」その核心にはゆるぎなく、ものづくりの錨が、心の海にしっかり下ろされているのを感じました。
     
    そして茜さんの編むかごの魅力!
    愛らしさと野性味!日本的な美と西洋的な美、いにしえもモダンも垣根を超えた茜さんならではの美が、独特のさじ加減で現れている。そのことに目を瞠りました。
     
    その後、女の子、男の子に恵まれ、逞しく頼もしい夫君との4人家族で、雪国での暮らしの中で、かご編みを続ける茜さん。
     
    「生きている」
    その手ごたえある茜さんの人生の、大切なかけがえのないひとひら、ひとひら。
    そのひとひらずつを、春夏秋冬を通して綴ってほしい。
    そう願って、この連載をお願いしました。(稲垣早苗)

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