Editor's voice

稲垣 早苗

引き寄せ

2023.11.11

私がデンマークに行くようになったきっかけの第一歩。
それは、アンヌドゥルトミキルセンという女性歌手の歌声からだった。
テレビドラマのエンディングに流れた歌声に惹かれ、それがデンマーク語だと知ってから、一気にデンマーク熱が高まっていったのだった。
30歳になったばかりの頃のこと。

知的な表情のその歌手は、私より4歳年上ですでに子どもを持っていた。
ワールドマーケットを意識したら英語で歌う方がよいだろうけれど、いつも話している言語で歌いたいというその想いも好ましかった。
けっして耳触りがよいとは言われないデンマーク語の音感が、アンヌの声だと心地よく聞こえるのも不思議だった。
ひとりの女性の歌声が、私のデンマークへの扉を開いた。

津村里佳さんの展示搬入のさなか、閉めていたギャラリーの扉の外に、親しい人の姿が並んだ。
デンマーク人の金工作家夫妻のperと数珠かおりさん。
今回、ふたりが住むデンマークボンホルム島のアーティストの展覧会&プロモーションの出展作家兼キューレーターとして6週間来日していたのでした。
contemporary_crafts_bornholm → click

レセプションの日、数カ月前から楽しみにしていたけれど、外せない用事が生じて出席できなかった。
その後もタイミングが合わずに、今回はお会いできないのだと、諦めていたのだった。

週明けには帰国するというふたりが、私にぜひ渡したいものがあるからと手渡されたのが二枚のLPレコード。
え?LPレコード??

レセプションのBGMで流す曲としてふたりが選んだのが、アンヌドゥルトミキルセンの最新の!LP。
レコードプレイヤーの設備もある中で、このLPをかけたのだそうです。
とてもよかったよと。
そして、このLPはサナエにプレゼントしようと思ってね。

perはデンマークの彫金分野の人間国宝。
かおりさんはマーグレーテ女王から工藝制作の功績に対してメダルを授与されたり、世界中で展覧会にオファーされるような彫金作家。
そのお仕事の輝きには本当に心ふるえるのだけれど、それ以前に、人として、友として、ここ15年来楽しく、親しくさせていただいてきたひとたち。
デンマークへの扉をあけたアンヌが私にとって大切なのだと思って、こうして訪ねてきてくれたことがしみじみありがたかった。

「ねえ、ねえ、これ」
perがかおりさんに展示中の里佳さんのガラス器を指さす。
「あ、えっ!?」
と、驚くかおりさん。

九州に暮らす弟の家族を訪ねた時、弟さんのお嫁さんから贈られたものが、まさにこの花器なのだという。
その場には、その作者の津村里佳さん。

おそらく九州での展示会を訪ねたそのお嫁さんが、かおりさんがきっと好きだろうと買い求めていたのだろうと。
その贈り物の作者と、まさか東京で会うことになるなんて。
お嫁さんもこれを聞いたら、きっとびっくりするでしょうね。

perもかおりさんも里佳さんも目を丸くして驚き、そしてこの偶然のようで決して偶然ではない引き寄せを喜んでいたのでした。

「ご縁ですね」
と、いう言葉のやり取り、実はちょっと苦手です。
なんとなく、縁という言葉を軽々しく使っているようで。
時に安っぽい勧誘やセールストークのようにも感じられて。

けれど、今回のような出会いはやはり縁というしかなくて、引き寄せられたのだなと思います。
出会うべきものとは出会えるのだと。
そして、そう感じること自体、人生を肯定的に感じられるようにも思うのです。

今回の津村里佳さんの展示、初日には、同様にサプライズのようなできごとがさまざまに。
猛暑の最中から、こつこつと作りためたガラス作品を一堂に会しての展示には、幾つもの物語が潜んでいるようなのです。

+++

1986年生まれのアンヌの娘Olga Ravnは、長じてデンマークで詩人、作家、翻訳家として活躍する人となっていました。
歌手であるアンヌもその自作の歌詞から言葉の世界を持つ人。
その娘もしかり。
デンマーク語はさっぱりわからなかった頃から、その歌が放つ言葉の世界に惹かれたのだとしたら、これもひとつの引き寄せなのかもしれません。


Writer

  • 稲垣 早苗
  • オウンドメディア「手しごとを結ぶ庭」を企画編集しています。
    「葉」のコンテンツは、「言の葉」の「葉」。
    工藝作家やアーティストの方で、私がぜひ文章を書いてほしいと願った方にご寄稿いただきました。

    わりとはっきりとテーマをお伝えした方、あまり決め込まずに自由にしてほしいとお伝えした方、、、いろいろですが、私なりに「編集」に取り組んでいきたいと思います。

    ひとつひとつの「葉」が茂り、重なっていったとき、どんな樹形が見られるでしょうか。
    今、答えを持っていないことが、ひとしおうれしく感じられます。

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