連載
作り手による文章の世界
地点を変えて
富井 貴志ふたつの雪山歩き
2023.11.14つい最近まで驚くほどの暑さでしたが、突然晩秋のような冷え込みがやってきました。
しばらくしたらまた白いものが空から舞い降りてくる季節です。
この原稿は3月に途中まで書き進めていたのですが、何を言いたいのかよく分からなくなってしまい、放置していたものです。
8ヶ月経って、そのときに感じたことがようやく消化され始めたように思い、修正加筆します。
今年2023年の2月に小学生の息子と登った山の話です。
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雪山というとなんだか危険な響きがあるため控えてきたのですが、今年(昨冬)は1月から2月にかけて新潟県内の山をいくつか登りました。
その中でも印象深かった息子との2度の雪山山行について、仕事とのつながりを書こうと思います。
僕は山に登る時に、息抜きではなく、制作と同じような心持ちで臨みます。
いつも遊んでいるように思われているような気もしますが甚だ心外ですので、はじめにお断りしておきます(本気です笑)。
ひとつは2月18日、自宅から近所の西山山系を縦走する周回ルート。
西山山系というのは、今暮らしている新潟県長岡市小国地域と、僕が育った小千谷市との境界にある標高400mに満たない山々の総称です。
特に人気なのが城山(時水城山)という標高384mの山で、季節を問わず老若男女、毎日たくさんの人たちが主に東の小千谷側から登っています。
もうひとつは2月23日、車を1時間ほど運転してから歩き始める守門岳登山。
東洋一と言われる大雪庇で有名な山で、日本二百名山にも名を連ねています。
最高峰は袴岳で標高1537mですが、西山山系から眺めてみると、より標高の高い魚沼三山(越後駒ヶ岳、中ノ岳、八海山の三山。越後三山の呼称の方が一般的)や巻機山、苗場山よりも、守門岳の山々の方が白一色で覆われているのが分かります。
冬はバックカントリースキー&スノーボードも盛んな山です。
前者は日常生活の延長にある低い裏山だけれど、トレースのないルート。
後者は張り切って出かけていく人気の山だけれど、人が大勢いてトレースがはっきりしているルート。
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道路を100メートルと少し歩いてすぐにスノーシューを装着。
裏山に踏み込む。
30分ほどで太陽が顔を出し、全体に青かった世界が色を変えていく。
美しい。
1時間ほどで、夏にも来たことのある畑の奥の行き止まりに到着。
ここからは僕たちの未踏ルート。
冬は雪で藪も灌木も埋まってしまうので、時々地形図で現在地を確認しながら、動物の足跡しかない尾根をそのまま進む。
途中標高196m地点で休憩(実は違っていたと後で気づく)。
その後地形図で240m程度のピークになっているところで休憩(したつもりだったけれど、本当はここが196m地点。)。
杉林を登り、地形図には記載のない「鳥屋城跡」の道標を発見し少し休憩。
(本当はこの辺りが標高240mくらいの地点。)
そこから少し下った尾根上で現在地を把握。
この時にはすでに低い山では地形図に反映されていないアップダウンが多いことに気づく。
両側が雪崩れた急斜面の狭い尾根を細心の注意を払いながら通過、細かい地形の変化を感じながら稜線へ辿り着いたのが9:58。
東の景色がパッと開ける。
息子とふたりでゆっくりと地形や雪崩の起きやすいところ、雪庇の危なさなどを確認しながら歩いたとはいえ、なんとここまで3時間半の長丁場。
なかなか険しい道のりだった。
ここからはまず桐沢峠を通過して標高372mの丸山までの稜線歩き。
先行者の踏み跡がすでについているけれど、桐沢峠から稜線は狭くなり、万一滑ってしまうと数十メートルは下まで簡単に落ちてしまうのが雪山。
丸山からは人も増えて、遠くの景色を満喫しながら今日の最高地点である城山までのしっかりとしたトレースを踏みしめ、11:29城山登頂。
ここまで5時間。
ちなみに無雪期に自宅からゆっくり走っていくと、桐沢峠までのルートが全く違うとはいえ、自宅〜桐沢峠〜丸山〜城山は6kmくらいで45分もあれば辿り着ける場所である。
山頂ではスノーシューを外してゆっくりと温かい昼食。山で食べるご飯はどうしてこうも美味しいのか(といつも思う)。
下山で歩こうと当初予定していたルートを目視。
息子と相談して、尾根の雪の着き方等に問題ありと判断。
春には車で入れるようになる農道のような砂利道の県道の行き止まりまで真っ直ぐに下降することにする。
低山とはいえ道なき道を行く楽しさを彼も感じていただろう。
かなり地形が分かりづらく、途中目標と違う尾根を行ってしまい崖で下りられず、雪崩れないでくれと祈りながら谷を一本トラバースし、降ることができそうな隣の尾根に取り付く。
この尾根への登りがなかなかの急登で、息子はまたひとつ、こういった場所の登り方を学習した。
ようやく棚田だっとところまで降り、もうルートの心配はないと一安心したところで、イノシシの新しい足跡。
この辺りはイノシシ、カモシカなども多いエリア。
最後にまた別の危険が現れたけれど幸い出会うことはなく歩みを進める。
14:06無事に集落の最終除雪地点に到着。
ここまで来ればあと10分ほどで自宅。結局行動8時間ほどのちょっとした冒険であった。
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2月23日、曇り時々晴れ。
4:30、通常装備にスノーシュー、トレッキングポール、アイゼン、ピッケルも持って車で出発。
5:30過ぎに最終除雪地点到着。
車がたくさん駐車してある。
後ろからも次々とやってくる。
6時前から行動開始。
有数の豪雪地だけはあって雪が多い。
穏やかな樹林帯。
しっかりとしたトレースを辿って歩を進める。
無雪期の登山口である保久礼小屋までのおよそ1時間40分ほどは、気持ちの良い準備運動のようだった。
右手には越後駒ヶ岳と八海山、前方には真っ白い山を眺めながら快適なスノーシュー歩き。
保久礼小屋は雪に埋もれている。
ここから一気に急登が始まる。
この辺りは雪板で滑ったら楽しそうな斜面。
そろそろ周りのスキーやスプリットボードを履いて登っているおじいさんたち(若い人もいます)が羨ましくなってきた。
しばらく登ると後方に日本海や朝陽を浴びた頸城山塊が見渡せる。
息子も初めてのいわゆる雪山らしい景色に感動している。
樹林帯を抜け、いよいよ彼も疲れて愚痴が多くなる。
体の大きさに対してスノーシューが大きいので大変なはずだ。
いよいよ風が強くなってきた。
ここは雪庇で有名な山なのだから強風は当たり前。
雪紋も多彩な表情を見せ始めると、いよいよ最初の山頂である大岳へと登り詰めていくのだけれど、なかなか辿り着かない。
やがて左手に中津又岳へ続く稜線のとんでもない雪庇が見えるようになり、9:35ようやく大岳登頂。
歩き始めてから3時間半。
あれれ、地元の山を登った時に稜線までたどり着いた時間と同じだ。
これから向かう最高峰の袴岳への山容が美しい。
まさに絶景。
ここから一旦激しく下ったのち、登り返して最高峰へ向かう。
下りの斜度がきつ過ぎてすぐにスノーシューからアイゼンに履き替える。
息子は6本爪なのでピッケル片手に鞍部へ辿り着きいよいよ登り返しだ。
風が強い。
雪面はアイスバーンでガチガチ。
体感温度も低く、15分ほど頑張って登ったけれど、彼の「もう帰りたい」の一言で今回は戻ることにした。
また下り返して登り返しだ。
息子よ頑張れ。
風と雪の織りなす造形に圧倒される。
北西の風は雪庇をもっともっと発達させようと吹き続ける。
大岳山頂直前で振り返ると、雪庇近くに人がうずくまっている。
上で見ていた人たちに聞いたら、落ちて這い上がってきたらしい。
その後、僕らの下山中にはヘリコプターもやってきていたけれど、おそらく大丈夫だったのだと思う。
指先も冷たいし、とにかく下山だ。
スノーシューに履き替える。
風の弱い樹林帯まで下りて13:00過ぎにやっとゆっくりと温かな食事。
心身ともに一安心。
その後は大量の雪が作り出す造形や、朝とは違うくっきりとした光が作り出す景色を眺めながらゆっくりと下山。
15:15駐車していた車へ戻った。
行動時間は9時間15分くらい。
圧倒的な景色を楽しんで、雪山ならではの美しさと怖さを経験できた。
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当時も今も考える。
どちらの山行がより面白かったのだろうか。
今の息子に聞いてみたところ、「守門岳」だそうだ。
寒い。
風が強く景色が鮮烈でスリルがあったから。
しかし近所の山の道なき道を行くところはとても楽しめたとのこと。
ということは守門岳に人の通っていないルートから登るのが一番面白かったのかと聞いてみたら、それは遭難しそうで怖いという。
彼が言っていることは、全部とてもよく分かる。
僕にとっては、ものづくりももの選びも、このふたつの山登りに似ている。
自分にとってちょうど良い、心地良い領域がある。
そして僕にとってのそのちょうど良い領域は、チャレンジする甲斐があるものである。
守門岳は西山山系よりも面白さが分かりやすい。
ここまでに選んだ写真の数も倍以上。
僕もすごく楽しめた。
しかし同時に、強風や寒さにも関わらず、常に安心を感じざるを得なかった。
すでに通った人がいたから。
そして他人が作ったトレースは、達成した結果に対する感動を少なからず奪う。
圧倒的な景色を見たこと感じたことは記憶に刻印されるし、大岳から下りた鞍部以降は氷の世界だったので、トレースは見えなかった。
それでも周りにたくさん人がいることで、見えないはずの足跡の連なりが見えてしまう気がした。
近所の西山山系は標高も400mに満たない、とてつもなく地味な存在だ。
だけれど、自分たちでトレースを描いた経験はかけがえのないものだし、ルート自体はこちらの方が危険だったと思う。
人がいないから大型の野生動物と遭遇する可能性も高い。
自分たちで考え出した小さな冒険は、他人から見ると取るに足らない結果しか生み出していないのかも知れないけれど、自らの心に響く。
僕は低い山も高い山も両方好きだ。
そしてどちらの山も、できれば人が歩いていないところに踏み込み藪をかき分け進めたら最高だ。
現在中山間部に住んでいる僕にとっては、低い山は日常に近く、高い山は少し特別な日のような存在。
以前岐阜県高山市に住んでいた時には、日常が高い山で、非日常が低い山だった。
当たり前も特別も、変幻自在に入れ替わる。
ふたつの雪山歩きは、どこへ向かっても最高に楽しい自分のルートを描けるようなものづくりを志そうと強く思わせてくれた。
12月9日からヒナタノオトで開催される個展では、「近所の山」を登るような、僕の今の日常生活に近い仕事を中心に作品を制作中です。
新作も色々とありますのでぜひご覧ください。
Writer
- 富井 貴志
-
1976年新潟市生まれ。
2002年筑波大学大学院数理物質科学研究科中退。森林たくみ塾にて木工を学ぶ。
2004年オークヴィレッジ株式会社に入社。
2008年独立し、京都府相楽郡南山城村に工房開設。以後国内外で個展多数。
2015年長岡市に工房を移転。
2019年第93回国展にて準会員優作賞受賞。
https://www.takashitomii.com/ - もっと読む
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