裏庭に咲いた話 2

大野 八生

庭の体力

2024.05.08

ありがとう、おめでとう、感謝の気持ち、悲しい気持ち。

言葉にならない気持ちを誰かに手渡す時、花束にすることが多いものです。

高校生の頃、誕生日に親しい友人たちから送られた小さな花束。
可憐で、野性味があって、庭で摘んで束ねてくれたような見たことのないような素敵な花束でした。
とても嬉しくて、日々水を変えたり、終わった花をカットしたり、大切にお世話をしました。
その頃は、植物の仕事につくなんて思ってもおらず。
お花の知識もゼロ。
それでも嬉しかったのか、包み紙に貼られた小さなシールをもとに、お店をそっと尋ねたのです。

電車に揺られ、駅に着き、繁華街を越え、静かな住宅街の一角のとても素敵な小さなお花屋さんでした。
くすんだ水色の窓枠に猫たち、心はドキドキです。
お花を買うお金なんてない私は、そっと店を覗きました。
とっても素敵な花たちが沢山!
何度か店の前をさりげなく行ったり来たり。
結局何も買わずに。
そして、いつか大人になって花を贈ることができるようになったら、必ずこのお店でお花を作ってもらおうと。

憧れの、庭で摘んできたような花束。
庭で育てた植物を束ね花束が出来たら、嬉しいですね。
庭を作る仕事は、ゼロから考える場合、すでにある庭をもとに作る場合など様々です。
特別な場合を除いて、私がいつも密かに思っているのは。
庭の植物たちで、花束を作れるようにということ。
大きな庭、小さな庭も、ベランダも同じです。
ローズマリー、ミント、ユーカリ、マートルなどなど。
その緑たちは、季節を問わず、いつでも楽しませてくれます。
生育旺盛な彼らがいつも庭にいてくれると心強く、花束を作る時に季節の花たちがとても引き立ちます。
主人公ではないけれど、いつも元気に庭やベランダを支えてくれます。彼らの存在はとても大切です。
花束を作っても、緑たちがあると庭の姿が変わらずにいてくれるのです。

作りたての庭では、そのようなことは難しいのですが、5年、10年と経ち、植物たちが大きくなり、庭に奥行きができます。
私の思うところの庭の体力がつくのです。
大きく育ってくれて、本当にありがとう。
また、花束を作るときは、よろしくねと。
その時、いつもあの時もらった小さな花束を思い出すのです。

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以下、イナガキ記

大野八生さんに「ニッケ鎮守の杜」をみていただくようになって今年で15年になりました。
ゼネコン型ベルサイユ調のお庭を、循環型自然のお庭へと移行させて3年ほどが経ったところで、加わっていただいたのでした。
インスタグラム

ベルサイユ調!からの転換は大きすぎて、当初はどこか畑のような無骨な庭でありました。
そこに八生さんの心と手が加わって、少しずつじわじわと季節が巡るごとに草花が重層的に奏でられるようになっていきました。
5月。
まさに、現在、手仕事にまつわる草花が芽吹き、バラやエルダーフラワーなどが咲きだして、花の楽園となっています。

小さな花束に草花の息吹きを鮮やかに感じる八生さんと共に土に触れた15年は、まさに庭の体力を蓄えた年月だったように思います。
現デザインでのHPの八生さんからのご寄稿の締めに、とてもふさわしい文章をいただきました。


Writer

  • 大野 八生
  • 大野八生(おおの やよい)
    千葉県生まれ。園芸の好きな祖父のもと、子どもの頃から園芸に親しむ。
    造園会社などの仕事を経てフリーに。
    現在、画家・造園家として活動。
    絵本に『にわのともだち』『じょうろさん』(偕成社)『盆栽えほん』
    『ハーブをたのしむ絵本』(あすなろ書房)、『みんなの園芸店』(福音館書店).

    ほかに、多数の装画の仕事と、日高敏隆氏の著書や、小学校国語教科書の表紙画(光村図書)などを手掛ける。
    庭師として、「ニッケ鎮守の杜」の手入れなどに携わる。

    +++

    植物と暮らしていると、時々、たからもののようなものをもらうことがあります。
    ささやかな小さな声を聞き逃さないように。
    小さなしあわせを綴っていけたらいいなと思います。
    どうぞお楽しみに。

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