連載
作り手による文章の世界
裏庭に咲いた話 2
大野 八生小さな二粒
2020.07.16友だちとの約束は、とても早く着くか、遅くなるかのどちらか。
庭を出た時には、もうすでに遅刻の時間。
あーいけない!
歩いても、歩いても、なかなかつかず。
そんなときに限って、よく何かあるのです。
駅までの道、通りを曲がると家の前にスーパーの袋。
今のは、なんだろう?
確かに植物。
だいぶ駅まで近づいていたけれど、気になって戻ることに。
ご自由にお持ちください。
元気に背が伸びた矢車菊など、いろいろ入ってパンパンの袋。
私は、2袋両手に持ち、また庭へ。
花壇に仮植えしておいてください。とお願いして、駅へとふたたび。
ランチの約束なのに、結局みんなは、もうコーヒータイムに。
ごめんなさい!またやってしまった。
次の庭の手入れの日、仮植えしていただいた植物たちをよく見ると、
矢車菊に混ざって、キンセンカ、レタスも少し。
そして、ひ弱な春菊の発芽したての芽が2つ。
元気な矢車菊は、庭の目立つ良い場所に植えて、
畑で、春菊を種まきしたばかりだったこともあり
ひ弱な春菊は、うまく育たないかもしれないなと思い
近場の適当なところに植えました。
今年の春は、庭に出向くことができないところが多く、
どの庭も、美しい春を見ることができなかったところばかりでした。
ステイホームが開けたとき、庭で美しく、
矢車菊がたくさん花を咲かせて待っていてくれました。
その近くに、可愛らしい元気な黄色い花。
あれっ、ダイヤーズカモミールここに植えたかな?
よく見ると、花は似ていますが、葉はダイヤーズカモミールではない。
春菊の花。
60㎝ほどに、背が高くなった春菊は、
笑顔のような優しい黄色い花をたくさん咲かせてくれていました。
あの時、植えた小さな苗が、こんなに大きくなるなんて。
小さな二粒の種。
ぱちんと弾けて、偶然に矢車菊と一緒に旅に出て。
ここまで来てくれてありがとう。
花たちは、小さな花束になったり。
誰かのもとで、花瓶に生けられたり。
庭で咲いてくれていたり。
そしてまた、再び種になり旅に出ます。
なんだか、人も植物もおなじだね。
今年の春は、スーパーの袋に入ってやってきた
彼女たちに感謝です。
春を代わりに、作ってくれてありがとう。
そして、また出会いましょう。
もうすぐ夏がやってきます。
春菊
キク科<一年草>花期 春〜初夏
Writer
- 大野 八生
-
大野八生(おおの やよい)
千葉県生まれ。園芸の好きな祖父のもと、子どもの頃から園芸に親しむ。
造園会社などの仕事を経てフリーに。
現在、画家・造園家として活動。
絵本に『にわのともだち』『じょうろさん』(偕成社)『盆栽えほん』
『ハーブをたのしむ絵本』(あすなろ書房)、『みんなの園芸店』(福音館書店).ほかに、多数の装画の仕事と、日高敏隆氏の著書や、小学校国語教科書の表紙画(光村図書)などを手掛ける。
庭師として、「ニッケ鎮守の杜」の手入れなどに携わる。+++
植物と暮らしていると、時々、たからもののようなものをもらうことがあります。
ささやかな小さな声を聞き逃さないように。
小さなしあわせを綴っていけたらいいなと思います。
どうぞお楽しみに。 - もっと読む
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