kegoya-goyomi

熊谷 茜

つながる手がかり

2020.08.28

自然のシステムは、美しさを維持する。
我が家やアトリエでもある小屋は、掃除をしても次の日には蜘蛛の巣ができて、カメムシも住み込んで、かごの材料の切れ端も発生する。
あたりまえのことだけど、なんだか疲れるな、と自然を眺めていると、誰も掃除をしなくてもこの美しさを保てることは偉大な仕組みだと思う。

そこには菌類などの分解者がいる。
花が散っても、実が落ちても、ゴミという概念がない。
人間がたくさんの灯油エネルギーを使って除雪しても、交通網の一部をきれいにするのがやっと。
見渡す限りの景色を雪が覆いつくしても、季節の変化とともに、太陽の力が注げば次の美しい景色へと移っていく。

人間があくせく働いて、次の企画を練って、終わった企画を片づけて、準備してと、並行にたくさんのことをしているように見えるけど、何億年もかけてできた自然のシステムは、流暢にそれをやってのける。

かごの材料は、ちょうどいい時期に採集することが一番大切。
遠目から、ぼんやりと美しいなと眺めているだけでは出会えない藪の中にガサガサと入り、土にひざまづき、目の前にぶら下がる虫を払い、ときどき目前に出会うきれいなキノコや土に溶けて葉脈だけになっていく落ち葉に見とれながら、採集していく。

梅雨はクルミの皮。
余裕のある年は、8月のはじめにガマの葉。
10月から雪が降るまでは、アケビのつる。

ガマは田んぼの脇や水路など、人が管理しているような湿地に生える。
数年前に生えていたからといって、同じところに行ってみると、湿地はなくなり、ガマも絶えていることもある。
幻のようでがっかりするけれど、動いていないようで動いている森の遷移を見ることになる。
人が作っている景色なのだと知る。

ガマの葉は、フランクフルトのような穂が出た株のそばに生えている、扇状に複数の葉を生やした株を刈る。
扇状の株の葉元は、ふかふかして柔らかくクッション性があり、わらびを傷めず収穫するガバテンゴ(ガマ製の背負いかご)やハケゴ(腰に下げる小ぶりなかご)に使われてきた。
糖分のぬめりがゼリー状につき、刈る作業より水で洗い落す作業の方に時間がかかる。
ぬめりを落とさないで乾燥させると、茶色くなってしまう。


※1

盛夏のコンクリート上に扇状に広げて2-3日乾かす。
あまり日にあてるとまた茶色くなるので、水分が抜けてクリーム色になったころに室内に取り込み吊るし干し、編みたいときまで保管する。
採れたてのガマは、水洗いの最中に見とれるほど、透き通る細胞壁が見える。
あみだくじのように、ずれながらも規則的に並んだ小部屋は、暑さの中、水中から凛と立って2m以上も伸びた体を支えるシステムのようで美しい。
そのひとかけらをいただいたのだから、なんとか日常で使える形にしてみたい。

あくまでも水草なので、強度の問題があって、物を入れるかごというよりは、と思って帽子を編んでみたことがある。
はじめてのものは鉢が大きく編んでしまって、『不思議の国のアリス』の『いかれ帽子屋』みたいになってしまった。
2作目は今年やっと作ってみたくて、ジャストサイズの型を探すところから。
型は頭のサイズに合うものをと、家にある容器や、既存の帽子や、ホームセンターの植木鉢売り場を、人と違った目線で探すことになる。

13年前くらいかごを編み始めていた私に、北欧を旅した友人から、水草のような素材で編まれた靴をお土産にもらった。
いつかはガマで編みたくて、小屋の壁に飾っている。
底は日本のぞうり(わらじ)のような編み方で、内側と外側ではまた2重構造になっている。
何度見てもどこから編んだのかも分からず、いまだに編めていないけど、本気を出すときがきたら、編み方を紐解くためにこれを片方崩すのかな。
いや、この靴を携えて、北欧に探し求める旅をしてもいいかな。

この森は、眺めているだけではわからない、制限の無い興味を提供してくれる。
それは土の下から深くつながっていたり、青空から繋がっていたり、どちらからも感じ取れる。
かご編みの仕事は一見孤独なようで、一見寂れていくような田舎と感じるか、遠い異国の森とつながれる手がかりを見せてくれているのかは、ワクワクする方を信じたい。

(写真 渋谷和江 ※1 正方形の画像を除く)


Writer

  • 熊谷 茜
  • 1979年東京都生まれ。
    東京農業大学農学部卒。
    2004年山形県飯豊・小国地方に移住。
    土地に 根ざす「かご細工」と出会う。
    炭焼きなどを生業とする夫と子ども二人で小国に暮らす。
    2016年古い木小屋を改装し たアトリエを設ける。
      
    kegoyaとは木小屋のこと。
    この地域の方言で納屋・作業小屋のことをいう。
    移住した20代の頃に出会ったおじいちゃん、おばあちゃんたちの「木小屋」に感動し、憧れ、心の拠り所としてきたものを屋号として活動している。
     
    +++
     
    2009年の工房からの風で茜さんと出会いました。
    まだ結婚されたばかりで、かご編みをどのように仕事としてよいか模索する中、「なぜ、かごを編むのか」その核心にはゆるぎなく、ものづくりの錨が、心の海にしっかり下ろされているのを感じました。
     
    そして茜さんの編むかごの魅力!
    愛らしさと野性味!日本的な美と西洋的な美、いにしえもモダンも垣根を超えた茜さんならではの美が、独特のさじ加減で現れている。そのことに目を瞠りました。
     
    その後、女の子、男の子に恵まれ、逞しく頼もしい夫君との4人家族で、雪国での暮らしの中で、かご編みを続ける茜さん。
     
    「生きている」
    その手ごたえある茜さんの人生の、大切なかけがえのないひとひら、ひとひら。
    そのひとひらずつを、春夏秋冬を通して綴ってほしい。
    そう願って、この連載をお願いしました。(稲垣早苗)

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