地点を変えて

富井 貴志

山に追いやられた木

2020.01.23

日本の山は木で覆われている。
平地の少ない地域を別にすれば、平らな低地で米作りを追求してきたためだろう。
特に僕が住んでいる新潟県中越地域では平地は水田、木は山にといった景色が延々と続いている。
我が家はいわゆる中山間地域にあるので、棚田も多く、谷という谷では耕作をやめた水田跡もよく見られる。

山をひとつ超えた隣町に凄腕の伐採専門の銘木屋さんがいる。
昔ながらの技術を持っている方なので、とにかく仕事が上手くかつ早いようで、いつも忙しそうだ。
主に冬の暖房に必要なストーブ用の薪をお願いしているのだけれど、たまに薪の代わりに日々の制作に使う材料が運ばれてきて、中にはもちろん銘木と言っていいものも混ざっている。
昨年末には薪を持ってきていただいた時に鍋を預けたら、後日鍋たっぷりの鯉こくが届いてありがたくいただいた。
一昨年は大量のモクズガニに子供たちも大喜びと、とにかく何から何までお世話になっている。

そんな伐採屋さんが、昨年末やってきた時にぼそっと呟いた。
「この間も切った木を山に捨ててきた。
材木屋さんもいらないって言うし(なんと少しお金をつけてもいらないと引き取りを断られたらしい)、チップ工場も森林組合などの大きい取引先から安定供給されるようで、受け取ってもらえなかった」

植林された杉林に入ると間伐された木がそのまま倒されたままになっていたり、積み上げられてただ朽ち果てるのを待つのみ、というような光景はよく見かける。
それでも杉などのように真っ直ぐで建材や土木材料に使いやすい針葉樹は、使い道が確保されている方だ。
昔の家で多用されていた広葉樹となると、大量に使われるのは床材くらいのもので、そのような加工場がない地域では行き場がないようだ。

また、当然のことながら僕たちのような零細工房が使う木の量はたかが知れている。
すぐ近くに木があるのに、遠路はるばる、時には外国からやってきた材料を使うことも。
僕もできるだけ近所の木を使うように努力しているけれど、まだまだ全量には程遠くお恥ずかしい限りだ。
資源がある場所から、その資源が使われる場所までのシステムが整っていないがために、どうにもおかしなことになっているのが現状だ。
もちろん国内を見回してみると、うまくやっている自治体も散見されて羨ましいのだけれど、僕が住んでいる地域では惨憺たる状況。
先日も行政の方がやってきて話を聞いていかれたけれど、農業に力を入れてきたこの地域では林業がおざなりにされてきたようだ。
それでも日本全体では国産材の供給量は平成14年を底に増加傾向が続いているので、大きくみれば状況は改善してきているのかなとも思う。

先日、NHKのBSで再放送していた『ウルトラ重機』という番組を録画して観ていたら、林業大国であるスウェーデンのハーベスタという森林作業車が取り上げられていた。
同じような重機のブロックが LEGO TECHNICシリーズからも発売されているので、北欧では一般的なものなのだろう。

30°の急斜面を走行できるこの重機、内蔵されたチェーンソーであっという間に立木を根元から切断、そのまま切られた木の根元付近を掴んで、木を浮かせたまま水平に倒し、ローラーで木を動かしながら多数取り付けられたナイフで枝葉を一瞬で削ぎ、所定の長さに切断。
さらに枝葉を削ぎ、同じ長さで切断ということを繰り返す。
1台の重機であっという間に長さが揃った丸太が次々と積み上がっていく様は圧巻だった。
続いてフォワーダという別の重機が登場。丸太を積み込み込み、森から運び出す。
その後、これらの丸太は大型トラックで広大な集積場に運ばれ、2/3程度は建材や家具材に(丸太を四角い柱状にすると在積が2/3くらいになる)、残りの樹皮に近い部分である1/3は紙やパルプに、樹皮やおがくずはエネルギーにと余すところなく使われているそうだ。
スウェーデンの森林面積は100年前の2倍になっているということなので、森林資源がとても計画的に利用されてきたことになる。
計画的に植林した木をまるで工業製品のように効率的に利用する。
自然に対して冷淡な態度にも見えなくはないけれど、その体系はとてもうまく循環しているように見えた。
もちろんスウェーデンにももっと小規模な林業は存在すると思うけれど。

所変わって僕らが住んでいる日本。
国土面積はスウェーデンの84パーセント。
森林率は両国とも2/3程度なので、これだけ見ると同じような風景が広がっていそうな気もするが、航空写真を見るだけでも、湖が非常に多く、全体的に緑色をしているスウェーデンと日本ではかなり違う様子だ。

ノルウェー国境を跨いでスカンディナヴィア山脈が南北に走っているが、スウェーデン最高峰のケブネカイセは標高2103m。急峻な地形の多い日本とはかなり違っているのだろう。
日本の山は斜度がきつくて大型の機械が入りづらく、林業の効率化を妨げているという話はよく聞く。
僕が住んでいるような雪の多い地方だと、おそらく雪解け水による侵食によるのだろうけれど、尾根が非常に狭く、谷の数も多い上、とても入り組んでいる。
また日本の人口密度はスウェーデンの16倍強なので、本稿の最初に書いたように、元々は木がたくさん生えていた土地であっても、人間が利用しやすい土地はことごとく開拓され、人が居住し、田畑を耕してきたという歴史もあるのだろう。

森林は大抵山にある。
平野部が広大だったりと地域によって大きく地形が異なるため、もちろん例外はたくさんあるけれど、街路樹、防風林や屋敷林、庭園など人が積極的に植林してきたものも多いが、木といえば多くは山に生えているものと言ってもそれほど間違えてはいないはずだ。
日本人は自然と仲良く暮らしてきたように言われることも多いけれど、現代の街を見ればそんなことはとても言えないだろう。
農業の視点からは、長い時間をかけて平らな土地を切り拓くことで食料の安定供給を実現してきたのだけれど、林業の視点から見ると木は急峻な山へ追いやられてきたのだろう。
急斜度の山に生えている木は切り出すことに多大な労力を必要とし、結果として効率よく利用できるとは言えない森が出来上がったように思う。
今あたりを見回すと休耕田も増えてきた。
そのような平らなところに木を植えていけば、数十年後にはもう少し農と林のバランスが改善され、人と自然の距離も縮まるのではないかなと思っている。

僕は近所の木をもらうことも多い。
無料で材料が手に入るのはとてもありがたいのだけれど、それは同時に山に一銭もお金が落ちていないことも意味している。
僕ひとりの力ではが現在の林業にたくさんのお金を回すことはどう頑張ってもできないけれど、その方法を考え続けて、出来ることから行動していきたい。


Writer

  • 富井 貴志
  • 1976年新潟市生まれ。
    2002年筑波大学大学院数理物質科学研究科中退。森林たくみ塾にて木工を学ぶ。
    2004年オークヴィレッジ株式会社に入社。
    2008年独立し、京都府相楽郡南山城村に工房開設。以後国内外で個展多数。
    2015年長岡市に工房を移転。
    2019年第93回国展にて準会員優作賞受賞。
    https://www.takashitomii.com/

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