連載
作り手による文章の世界
裏庭に咲いた話 2
大野 八生はじめて登るよ
2021.05.10庭の仕事について、しばらくたったある朝のこと。
いつものように、現場に着くと、親方から「今日は登ってみろ」と。
「えっ!木にですか?」
いつもは、下の方で掃除ばかりの私なのに。
門のところの小さなヒマラヤ杉、私はとても嬉しくなり、そわそわ。
午後、少し緊張しながら木に登り始める。
子供の頃に木に登って遊んだのとは全く違う感覚です。
いざ登ってみると怖くて、なかなか上まで上りきらないでいると、親方が
「下を見るな!上まで木を信じてしっかりと掴んで登れ」
と心配そうにしていました。
私はようやく天辺にたどり着き、空に近くなりました。
澄んだきれいな青空。
そこから下へと枝を少しずつ剪定してゆきます。
樹種にもよりますが、上から下へ剪定をしてゆくと木の形のバランスが見やすいのです。
でも高くて怖い。
結局その日は、夕方遅くまで剪定にかかり、親方や先輩に掃除をしていただいて、申し訳ない気持ちでぐったり。
生まれて初めての木の剪定。
高いところが怖くても木を信用し、なんとか進めました。
ずっと長い年月を生きてきた木を本気で掴んでいることなんて初めてだったので、植物の命を自分の手から強く感じました。
あれから時が経ち、自分で植えた小さな苗、お箸ほどの太さの売れ残りのプルーンの木を、お客さんの庭に植えて10年ほど経った頃、登れるかなと、そっと登ってみました。
「はじめて登るよ」
と声をかけながら 。
小さな苗から植えて、私の背丈よりだいぶ大きく成長したプルーン。
登ってみると、とても頼りなくて、まだ少し、登るのは早かったかなと。
けれど、中からぐっと木の力を感じ、私に「大丈夫だよ!」と言ってくれているようでした。
剪定は、木の内側に日差しを当て、風を通し、花や実がよくなるために形を整えてゆく大切な庭の仕事です。
毎年剪定をして育てたプルーンは、夏になるとたくさんの実をつけてくれます。
小さな苗から育てたプルーンの木。
私がプルーンを育てたのではなく、私がプルーンに育ててもらったのだなと思うのです。
プルーン
バラ科サクラ属の落葉高木
セイヨウスモモの一種
3〜4月に白い花が咲き、8月頃実が完熟する。
Writer
- 大野 八生
-
大野八生(おおの やよい)
千葉県生まれ。園芸の好きな祖父のもと、子どもの頃から園芸に親しむ。
造園会社などの仕事を経てフリーに。
現在、画家・造園家として活動。
絵本に『にわのともだち』『じょうろさん』(偕成社)『盆栽えほん』
『ハーブをたのしむ絵本』(あすなろ書房)、『みんなの園芸店』(福音館書店).ほかに、多数の装画の仕事と、日高敏隆氏の著書や、小学校国語教科書の表紙画(光村図書)などを手掛ける。
庭師として、「ニッケ鎮守の杜」の手入れなどに携わる。+++
植物と暮らしていると、時々、たからもののようなものをもらうことがあります。
ささやかな小さな声を聞き逃さないように。
小さなしあわせを綴っていけたらいいなと思います。
どうぞお楽しみに。 - もっと読む
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