連載
作り手による文章の世界
トカラ諸島 平島語大辞典 抄
稲垣 尚友竹瀝
2021.08.17「竹瀝」(ちくれき)の名で知られている竹の油は薬効あらたかな万能薬であった。
藪医者は患者の病因が診とれなくとも、
「みども(身共、わたし)には分かりかねる」
とは言わずに、
「では、これをつかわそう」
とありがたみの籠もった声で竹瀝を手渡した。
江戸期の医者は現在のような国家試験に合格する必要がないから、自己申告をすれば医者まがいの行為がまかり通った。
とは言っても、江戸時代の終わりに近くなると、長崎の出島経由で、
オランダやドイツの時代の先端をいく紅毛医学が江戸市中にも広がり、藪医者は大きな顔をしていられなくなった。
別に竹藪に籠もっていたわけではない。
「藪」の語源は「野巫(やぶ)」からきていて、いなかに居る「巫医(医者)」を意味している。
いなかに引きこもっていては腕が磨けなかったのであろう。
この竹瀝は1935年(昭和10)ごろまで市販されていたそうだ。
ただ、名称が「フスモン液」となっている。
気管支炎に効能が発揮され、百日咳や喘息、あるいは風邪薬としても使われていた。
竹瀝の製造法はいとも簡単である。
丸いままの竹の表面を火であぶると、ドロッとした油分がにじみ出てくる。
これが竹の油、すなわち竹瀝である。
効率よく採取するには地下茎を掘り出して、それをあぶった。
竹はイネ科の植物であり、気を許すと米櫃に飛んでくるコクゾウムシが竹にも飛んできて食い荒らすのだった。
どのように荒らすかというと、まず表皮に自身の体が入り込める大きさの穴を開ける。
どの部分開けるかというと、わたしの観察では節の部分が多い。
節は厚みがあり、堅くておいしそうに思えないのだが、虫さんのエネルギーはものすごい。
一度入り込むと節の部分を真横に一周してしまう。
なぜそのようなどうでも良いことを知っているかというと、わたしは以前に竹でフォークを作っていたことがあった。
節の部分は凹凸があり、他の竹の表面に比べると「ケシキ(景色)」があるので、あえて節の部分を選んだ。
小さな穴が開いていて、そこにキナコ状の粉が詰まっていた。
針金の先でほじくってみると、かなり奥まで針金が届く。
洞窟探検をしている気分になって、奥へ奥へと針先を進めていくと、何とトンネルが節を一周する寸前まで貫通していた。
穴の最先端には煤けたコクゾウムシの死骸があった。
その竹は茅屋根の建材として使われていたので、囲炉裏やカマドの油煙に染まっている。
飴色に染まった竹の光沢から判断して、200年は経っていたと思われる。
洞窟探検が一段落すると、こんどはファーブル先生の弟子になっていた。
200年前、つまり江戸後期の虫が食していたもの何であったかを調べることができるのではないかと考えた。
胃袋を解剖し、その内蔵物がどういう状態であるかを調べる課程で、時の気象状態も分かるかもしれない。
こんなことを試していたら、日が暮れてしまった。
こうした類いの煤竹を茶道具作りの知人にあげたら、ケシキ豊かな茶杓に仕上げていた。
わたしもその展示会に行ったのだが、高価な値札にびっくりした。
Writer
- 稲垣 尚友
-
この欄を担当することになりました稲垣尚友です。
房総半島南端の街・鴨川の山中で竹カゴを編んでおります。
修行をしたのは熊本県の人吉盆地の奥、市房山のふもとに近い錦町です。
カゴ編みを生業とする前は、トカラ諸島の島々のひとつである平島(たいらじま)に住んでおりました。
全島を覆うようにして、琉球寒山竹が植わっています。
島ばかりでなく、あちらこちらと巡っているなかで見つけた仕事が竹細工です。
この連載では10話まで竹かんむりの言葉にまつわる話を「竹かんむり小話」として綴りましたが、ひと結び。11話からは、現在執筆、編纂中の「トカラ列島 平島語大辞典」から、竹にまつわるお話をピックアップして掲載していきます。
「トカラ列島 平島語大辞典」に関心をお持ちの方は、ヒナタノオトまでお問い合わせください。
・
主な著作
平島大事典(弦書房)
・
竹細工入門(日貿出版)
・
戦場の漂流者 千二百分の一の二等兵(弦書房)
・
占領下のトカラ 北緯三十度以南で生きる (弦書房)
・
青春彷徨(福音館) - もっと読む
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